フランクリン・テンプルトン

今世紀最大の銘柄選定力を持つと評価された故ジョン・テンプルトン氏(1912年〜2008年)は、約8,150億ドル(約81兆5,000億円)を運用する米国の資産運用会社フランクリン・テンプルトン・インベストメンツの創業者です。

テンプルトン氏は、外国株・新興国投資のパイオニアとして知られており、大半の米国人投資家が米国市場だけを見ていた頃に外国株を積極的に開拓し、世界中の証券市場でバーゲン株を探していた事で知られています。

フランクリン・テンプルトン・インベストメンツ

また、自身が経営する資産運用会社が大成功したためテンプルトン氏自身も元米国国籍のビリオネアとなりました。

ビリオネアというのは、個人資産10億ドル以上(約1,000億円以上)の超富裕層の事です。

元米国国籍となっているのは、節税の観点からテンプルトン氏は、イギリス国籍及びバハマ諸島の国籍を取得し、米国国籍を離脱したためです。最近は、節税や経済的理由から米国国籍を破棄する人が増えていますが、テンプルトン氏は、その方面でもパイオニアだったと言えるかもしれません。

そんなテンプルトン氏は、1960年代の戦後の日本の株式市場にも投資をしており、後の高度成長期の株高もあり、日本株投資で大成功したと言われています。

当時、テンプルトンが着目していた1960年代の日本の特徴は、次のようなものでした:

1964年10月開業

1964年10月開業。新幹線0系電車。

●日本経済は、年間10%以上のペースで成長していた。これに対して米国経済の平均年間成長率は、わずか4%だった。

●日本企業のP/Eは、わずか4倍と低かった。これに対して米国株のP/Eは、19.5倍だった。

●「情報が足りない」「日本の株式は、価格の乱高下が激し過ぎる」といった理由から外国人投資家が容易に足を踏み入れなかった。


1960年代というのは、まだ戦後の焼け野原から十数年しか経過しておらず、「敗戦国」というイメージが強かった時代です。

そして、安い人件費で日本の製造業は、成り立っていましたが、米国経済を揺るがすほどの発展は、まずないだろうと大半の人が考えていたわけです。

多くの金融関係者が、実態の確認をする前に「ダメだ」と判断していた時代だったわけですが、テンプルトン氏は、入念なリサーチの結果、1960年代の日本の株式は、世界中の株式の中でも最も割安だという結論に至り、投資に踏み切ったというわけです。

結果的に1970年代や1980年代に入り、日本企業の実力が株式市場でも適正に評価されるようになると外国人投資家の参入も増え、P/Eも上がってきたというわけです。

もちろん、その頃には、テンプルトン氏は、他の割安な株式市場に既に移っていたと言われています。

という事でテンプルトン氏のように海外株や新興国株で利益を挙げるには、偏見を捨て、実態や事実を数字で確認していき、自分なりに理解し判断していく事が大切だというお話でした。

どの世界でも勝つのは、ごく一部だと言えますが、外国株、新興国投資でもその他大勢の投資家よりも一歩や二歩先を進んでいる必要があると言えます。

2008年のリーマンショックでも金融のプロと言われる人たちの多くは、金融危機の到来を予見できていなかったので、プロの意見は参考にしながらもやはり自ら実態や事実を確認していくのが重要だと言えます。


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